INTERVIEW

vol.3「大阪アイコン」が船場にもたらすもの。
時代に応じて、ダイナミックに姿を変えてきた大阪。
その経済の中心として大阪を牽引してきた船場は今、
オフィス街から都心居住のメッカへと進化しつつある。
第3弾ではいよいよ、本物件の建築デザインを手がけた光井氏に、
設計に込められた「船場の街への想い」について、お伺いする。
Facilitator
株式会社橋爪総合研究所 代表
橋爪 紳也
大阪府立大学研究推進機構特別教授、船場倶楽部特別顧問。工学博士。1960年、大阪市生まれ。2017年に「生きた建築ミュージアム」の活動を対象に、日本建築学会賞を受賞。著書多数。
Guest
光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所株式会社
光井 純
1955年山口県生まれ。1978年東京大学建築学科卒業。米国イェール大学建築学科大学院に進学。ペリクラークペリアーキテクツで勤務後、同社日本事務所を創設。現在は光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所と同社の代表取締役。国内外問わず様々なプロジェクトに従事している。
01
大阪との関わりと
船場の印象
橋爪氏
橋爪
ちょっと今日は、資料をお持ちしました。明治の頃の、今回の物件の場所の状況がわかる資料なんですけど。この久太郎町というところには、当時は綿(わた)関係の問屋が多く集まっていました。
光井
昔から繊維関係ですね。
船場・問屋街の久太郎町
船場・問屋街の久太郎町
橋爪
中でも久太郎町については、綿ですね。「産品取引所」というのが明治になってできまして、綿花や綿糸、それぞれの価格がここで決まる。ここに出入りする仲買人や、綿や糸を扱うような専門のお店が、このあたり一帯に集まっていたという、特徴のある街なんです。繊維の街の大阪にあって、この一帯は「綿問屋の拠点」であった。世界の綿花の市場なども、この地の動向によって変わってくるという、大きな影響力を持った場所でした。
光井先生も現地を歩かれたと思うのですが、どのような印象でしょうか。
光井
実は私、大阪との関わりは非常に長くて、古くは叔父が大阪の(スーパーマーケットの)ダイエーさんでお仕事をしていたものですから何回か訪れたこともありますし、仕事としては、まず中之島の国立美術館のデザインをしました。
橋爪
地下を展示室にしている、ユニークな美術館ですね。
光井
はい。あそこは大阪市立科学館の敷地ですので、入口だけは上に出してもいいけれど、あとは全部地下にしなさい、ということでああいった設計にしました。
橋爪
彫刻のようなエントランスが、とても印象的です。
光井
ありがとうございます。それから、東レさんの本社がある中之島ビルやNHKセンターのデザインも手がけました。
光井氏
橋爪
NHKセンターは、大阪歴史博物館とNHKが一体化した建物ですね。私もいくつか展示監修を手がけていまして、「大大阪時代」(※1)のジオラマ等は私が監修しています。当時は堺筋が目抜き通りで、百貨店がいくつもならんでいましたのですが、その様子を知ることができます。
光井
NHKセンターは、大阪のシンボルである大阪城と大阪城公園に面している、やはり大阪を象徴するエリアにありますよね。そういった具合で、大阪とは長い付き合いで、大好きな場所なんですが……ただ船場という場所には、これまであまり近づいたことがなくて。
橋爪
たまたま中之島や大阪城界隈という、船場の周りばかりだったと。
光井
そうなんです。周りでは仕事をしていたのですが、なかなか船場というと繊維の街で、大阪のエッセンスというか「魂」みたいな場所で、なんとなく敷居が高くて近寄りがたい、みたいなところもありまして。もちろん物理的に行ったり来たりはたくさんしているのですが、船場という場所のあり方が、イメージとして掴みにくいところはありました。
※1 大正後期から昭和初期にかけて、大阪市は人口・面積・工業出荷額において東京市(当時)を凌いで日本第1位であったことから、「大大阪」と呼ばれていた。大阪歴史博物館の7階・近代現代フロアでは、橋爪氏の監修により、当時の様子が再現されている。
02
「ウォーカブル推進都市」
という取り組み
橋爪
かつて船場には、繊維や小間物などさまざまな「問屋街」がストリートごとにできていましたけども、ここ20年ほどはかなり空洞化しまして、立ち退いた建物のあとにはコインパーキングなどになり、空き地がたくさん見えていた。そこに新しいマンションが続々とできて、今は「住んで働いて楽しむ街」に変わろうとしています。最近の船場の印象は、いかがですか。
光井
産業構造の変革によって船場からいろんな要素が抜けてきた、一方で抜けたことによって都心居住/都心生活の新しい可能性を、実はここで体現できる場所になった。そういう面白い街なんじゃないか、と思っています。
大阪の街は昔から柔軟に姿をどんどん変えていますし、お堀を掘って水の町になったり、商業の町になったり、いろんな変化を経てここまで成長してきたんですが、本当にダイナミックに姿を変えることができる力を持った街だな、と。そういった意味で船場も、大大阪時代を象徴する場所であったり、ファッションの先端であった場所が、今度は歩いて暮らせる街に変わっていくということは、今の時代にとって非常にシンボリックな出来事だと思います。
橋爪氏・光井氏
橋爪
いま大阪市は「ウォーカブル推進都市」(※2)ということで、私も関わりながら進めていますが、船場はその中心的な役割を担っています。これまでは都市の近代化に伴い、自動車を重点にした都市計画を世界中で進めてきましたが、これからは歩行者優先、歩いて楽しめるような街に変えようという動きですね。となると、船場でも建物の低層部のデザインが重要になってきます。従来のオフィスビルですと、完全に街に対しては封鎖的で、会社が閉まるとシャッターを下ろすような建物もあって、歩いて楽しむ雰囲気ではなかった。それが、道に面して賑わいがあったり、雰囲気がある景観が連なっていくと、街そのものの印象が随分変わってくると思います。そういう意味で、マンションの足元というのはますます大事になってくると思います。
※2 「ウォーカブル推進都市」は、国土交通省による「まちなかウォーカブル推進プログラム」に共鳴し、ともに取り組みを進める都市を指す。官民連携による「居心地が良く歩きたくなるまちなか」の実現を目指している。2019年の時点で、全国202市町が賛同。
03
デザイン・オン・レスポンスの理念から
橋爪氏・三谷氏
橋爪
光井先生は世界的な建築家であるシーザー・ペリ先生から「デザイン・オン・レスポンス」というコンセプトを学ばれましたが、これについてご説明いただけますか。
光井
そうですね。まず我々の考えるデザイン・オン・レスポンスというのは、建築を「モノ」としてではなく、文化の一部、そして優れた街並みの一部となって街と共に成長する、デザイン・オン・レスポンスの理念からデザインするというのが基本です。
光井
具体的には、その土地の今に続く歴史をきちんと尊重する。敬意を持ってひもとき、かつてはどんな街だったのかを理解する。そして建築設計上の、物理的な制約道路のセットバックや近くにある高速道路、向かい側のオフィスビルとの視線の交錯などを分析し、ポジティブに解いていく。この二つが重なった時、デザイン・オン・レスポンスが成立します。
橋爪
今回の物件に、その考え方はどのように読み込まれているのでしょうか。
外観完成予想図
外観完成予想図
光井
文化的な面、それから歴史的な面で言いますと、繊維の街=船場というイメージもありますので、細やかな表情を作ろうと考えました。繊維は縦糸と横糸が重なって形を作るわけですが、そういった「織り込まれた表情」というものが、縦と横の糸がしなやかにまとわりながら、太陽の光でキラキラと輝いていく、そんな表情が一つ作れないかな、と。
橋爪
外観のデザインで、水平方向と垂直方向が繊維になぞらえられているのですね。
光井
はい。タワーを遠くから見ると、比較的横ラインがよく目立って見えます。一方で近くから見上げると、縦のラインがよく見えるようになります。また、空に接する頂部のラインを「スカイ・アドレス」と呼んでいるのですが、水平方向に光のラインをたくさん入れて強調させています。
外観完成予想図
外観完成予想図
光井
さらに外観の特徴として、角をコーナー窓という形で、眺望が開けるようにしています。窓からいろんな方向に眺望が広がるため、角の部分も布のような柔らかい表情をイメージして、丸みを帯びるようにしました。工法上はかなり大変ですが、柔らかい曲線は、見る角度によって光の表情が変わりますから。
橋爪
なるほど。窓の庇の形が、幾何学的な完全な曲線ではなくて、人の手が布とか糸を捻ったような、柔らかいカーブになっているということですね。
光井
イメージとしては流体曲線で、風が流れた時に布がひらりと生みだす曲線を形にしています。角の部分は風が抜ける場所ですので、柔らかくしてあげると、ビル風も和らぎますので。見た目だけではなく機能的にもいいんじゃないかと思います。
橋爪
建物の色彩に関してはどのようにお考えですか。
光井
基本はベージュと白がベースですが、これも下の方が少しアースカラーが多くて、上にいくとそれがだんだん白っぽくなって、空の雲に向かっていく。頂部にも同じように、横のルーバーのラインが入っているのですが、角についても柔らかく曲線状に形を作って、風が柔らかく抜けるようにしようということで。
04
街を行き交う人々の目を
愉しませる「庭園」
ゲーテッドガーデン完成予想図
ゲーテッドガーデン完成予想図
橋爪
すごく印象的なのは1階の周りに立派な庭園がある、ということです。船場エリアの他の物件には塀がなく、1階部分のエントランスが道路からすぐ見えるものが多い。ところがこちらの庭園は、いわば「お屋敷のような門構え」というか、独特ですね。
光井
建物の、特にこういった超高層をデザインする時には、足元のデザインが非常に大切です。人間の背の高さはせいぜい1.8mぐらいしかないものですから、アイレベルはだいたい1.5m前後なんですね。そうすると、通りを歩いている時に見えてくる建物の風景というものは、低層部がポイントになる。ゆえに低層部の表情は、建物が持っている街に対する「責任」だと思っています。このあたりは商人の街ですから、「おもてなし」の精神を活かしながら、街を行き交う人の目を愉しませたい。
ゲーテッドガーデン完成予想図
ゲーテッドガーデン完成予想図
光井
季節によって表情の変わる木などをたくさん植えることで、通りを歩いていらっしゃる方に、季節の変化を愉しんでもらえる。塀は連続した壁面ではなくて、間にスリットが入っており、ロビーの表情なども垣間見ることができる。そして塀の上には高木の葉張りがずっと広がっています。そうすることで、街全体に緑が染み出してくる。この「ゲーテッドガーデン」は、緑が少ないと言われる大阪の街に対しての敬意の表れで、船場への貢献の一つになると思っています。
ゲーテッドガーデン完成予想図
ゲーテッドガーデン完成予想図
橋爪
春はお花見、クリスマスにはツリーも装飾されて。
光井
モミジも入っていますから、秋は紅葉します。
橋爪
四季折々の名庭を眺めながら過ごせるのですね。
エントランス完成予想図
エントランス完成予想図
光井
あとはやはり、門構えですね。いかめしい表情をつくって相手を拒絶する門構えではなくて、エントランスのキャノピーは布が風を受けてはらんでいく感じの、ゆったりした曲線にして、ここで街の空気を迎え入れるようにしています。拒絶するのではなく、玄関口までいらっしゃい、と。もちろんその先にはセキュリティがかかっているんですが、玄関先まで来て雰囲気を楽しんでくださいね、と。こうした部分が、都市のゆとりにもつながるんだろうと思います。
橋爪
門の中心に木が一本、これは何か意図があるんですか。
光井
これはヒイラギモクセイという木です。ヒイラギには「護る」や「歓迎」といった花言葉があります。
橋爪
「保護」ですね。
光井
ヒイラギは葉っぱがちょっと尖っている。なので「大切なものを守る」という由来があるそうです。縁起樹として、お住まいになる方の健康と幸福を守るといった願いや、そしてまあ、外にも向かっていますから、大阪の皆さんの健康を守るという意味でもあります。
05
飽きのこない
「洗練された日常」を
具現化する
エントランスホール完成予想図
エントランスホール完成予想図
橋爪
さまざまな共用部のテクスチャーも、かなり凝ったものになっています。このあたりのイメージは、どのようなものでしょうか。
光井
「自然の風景と共鳴する」ということを大事にしています。庭園の木や葉、石など、自然の色からサンプリングしまして、それをインテリア空間の中に展開していますね。
光井
私たちは「タイムレス」ということを大切にしています。マンションの場合は何十年もお住まいになるので、飽きがこないようにと。その日の気分や太陽の光の状態によって、見るたびに表情が変わるものを作りたい。そういった意味で、アクセントカラーで少しカラシ色なども入っているのですが、全体としては自然の風景がうかがえるように意識しています。
ラウンジ完成予想図
ラウンジ完成予想図
光井
ホテルの場合は二泊三日とかの滞在になりますので、「非日常」をどう演出するかになるのですが、マンションの場合は非日常を作ってしまうと、やはり飽きてしまうんですね。 ゆえに、「洗練された日常」ということが大事なので、今回のデザインに至っています。建築物は用途によって求められるものが変わってきますので、それに対応することも、デザイン・オン・レスポンスの考え方につながります。
06
2025年大阪・関西万博とも
ダイレクトにつながる街
外観完成予想図
エントランスアプローチ完成予想図
光井
今回、「大阪アイコン」というテーマを出発点に設計デザインを進めましたが、これは建物のアイコニックな形ですとか、歴史や文化を反映したダイナミックなデザインということもあるのですが、一方でやっぱり大阪の人たちが持っている心に訴えかけるような「おもてなし」や「お迎えする気持ち」も大切で、そうしたハードとソフトの両面を強く意識しています。
橋爪
完成した暁には、「あの立派な門のあるマンション」として注目されるとともに、堺筋、船場の風景を豊かにするでしょうね。
さて、最寄り駅の堺筋本町からは、2025年の大阪・関西万博へは直通で行くことができます。大阪・関西万博について、光井先生はどのように思われますか。
光井
1970年の大阪万博はちょうど高校生になった頃で、大阪に親戚がいましたので、そこに泊まって万博に行きました。あの時の感動は今でもよく覚えています。アメリカ館で「月の石」を見たんですね。こんなにちっちゃいんですけど(笑)、もう10秒ぐらいしか見られないんですよ。
提供:2025年日本国際博覧会協会
提供:2025年日本国際博覧会協会
橋爪
一瞬、前を横切るだけで。
光井
あとは確かガーナ館でコーヒーを飲んだ記憶があるんですが、「あぁ、万博って世界の人が来ているんだ、世界にはいろんな人がいるんだ」というような体験をして。万博には次の世代へのメッセージが組み込まれていますので、ぜひ若い人にいっぱい行ってもらって、未来の大阪を創る人材がいろいろインスピレーションを受けるんじゃないかというところを、楽しみにしています。
提供:2025年日本国際博覧会協会
提供:2025年日本国際博覧会協会
橋爪
大阪・関西万博は「いのちかがやく未来社会のデザイン」をテーマとしていますが、これは人生100年時代に向けて、世界の人々とともに、豊かな持続可能な社会を創ろう、ということで準備を進めています。博覧会場だけではなくて、大阪全体がもう一度国際化する機会になればいいな、と私は思っていますが、堺筋本町はその拠点になります。
光井
70年の万博を経て、大阪は一気に発展したと思うんです。今回もおそらく、万博を通じて世界の人が集まってきて、いろんなビジネスチャンスが生まれ、また次の大発展期に入っていくんじゃないかと。
橋爪氏・光井氏
橋爪
都市の本質は「人々が交流する場である」というのが私の持論です。都市には「憧れ」があって、人々が絶えず、違うところから集まってきて出会い、新しいアイデアやビジネスが続々と生まれてくる。船場はまさにそういう場所でした。大阪商人の「三方よし」というのは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」ということなんですが、この考え方は、大阪・関西万博の誘致のための文書にも書いてあるんですよ。
光井
なるほど。
橋爪
大阪、関西には「三方よしの文化がある」と。それは英語で言うと、"Win -Win-Win Philosophy" になる。
光井
(笑)三つ並ぶんですね。Winが三つくる。なるほど。
大阪の人たちは新しいものにあまり抵抗がなく、役にたつんだったら使っちゃおう、というしなやかな姿勢を文化として持っているんじゃないかと思います。
橋爪氏・光井氏
光井
今回のタワーでも、繊維、布、風になびく布の形とか、ダイナミックで躍動感の溢れるものをぜひ作りたいということで、ずっとイメージを思い描いてきました。ふつうのタワーを作るのではなくて、ランダムなんですね。非対称。ランダムで角が丸い、それは大阪の人たちの躍動感や柔軟さ、新しいものを受け入れるしなやかさを表現したいという想いが心の底にあって。
そのうえで船場の街、織物などにヒントを得ながら、こういったデザインに到達した、ということになります。
それが、デザイン・オン・レスポンスという志向を持って、この形に到達したプロセスなんじゃないかなと思っています。