Hygge
「Hygge(ヒュッゲ)」と呼ばれる心豊かな“巣ごもり”生活を営む北欧・デンマークの人々。そのライフスタイルは、 “おうち時間”をより豊かにするヒントや工夫がたくさん詰まっています。今回は、北欧製品の輸入や文化発信を手掛け、ヒュッゲの文化を日本にいち早く紹介した芳子ビューエルさんに、お話をうかがいました。前編ではインテリアなどヒュッゲな空間づくりを中心にご紹介します。
北欧流ワークライフデザイナー
芳子ビューエルさん
株式会社アルトスター代表取締役。北欧の家具や照明器具、雑貨などの輸入販売のパイオニアで、北欧の文化・ライフスタイルを発信。JETRO(日本貿易振興機構)のライフスタイル専門家として、北米、北欧/ヨーロッパ、オセアニアを担当。その後、世界的に有名なデンマークブランド「menu」「DYKON」など、北欧の大手メーカー7社の商品を取り扱い、海外の上質なアイテムを扱うインテリアショップ「ALTO(アルト)」を群馬県高崎市で運営。著書に『世界一幸せな国、北欧デンマークのシンプルで豊かな暮らし』『fika(フィーカ)世界一幸せな北欧の休み方・働き方』などがある。
北欧の人々は、みんな家での過ごし方が上手です。寒くて長い冬の夜を家でずっと過ごすだけでなく、充実した福祉サービスの代わりに税金がとても高く、娯楽にお金をかけにくいという事情もあります。北欧と一言でいっても、国によって歴史や人口密度なども違いますから、文化にも多少の違いがあります。
「ヒュッゲ」という言葉を持つデンマークは、国連が発表する世界幸福度ランキングで常に3位以内にランクイン。世界有数の幸せな国といえます。かつて広大な領土を持つ大国でしたが、戦争によって領土がどんどん縮小してきた歴史があり、冬の日照時間がとても短い暮らしづらい環境に置かれています。そんな歴史的な背景と厳しい環境を乗り越えるために、ヒュッゲという考えにたどり着き、 「自分たちは幸せだ」と感じられるようになったと思います。
ヒュッゲは、北欧の中でもデンマーク独特の言葉で、文化や哲学ともいえます。なかなか一言では言い表しにくいのですが、簡単にいえば私は「大切な家族や友人とほっこりした時間を過ごすこと」と感じています。デンマークの人々は、友人が訪ねてきたときに、特別な何かをするわけではなく、とてもアットホームな雰囲気で迎えてくれます。
たとえば、あるデンマークの友人宅に行くと、いつも夕暮れ時に「ボートに乗ろう」と誘ってくれて、ボートでゆっくり池を回ります。特別美しい景色があるわけでもないのですが、友人にとってボートに乗るのはとても大切でお気に入りの時間。素敵な体験を一緒に味わってもらいたいという想いで誘ってくれるんですね。それが友人にとって、そして私にとっても最高のヒュッゲなのです。
ヒュッゲは、「巣ごもり」といった意味もあるようで、家を少しでも温かく心地よいものにするために、デンマークの人々が生み出したものだと思います。実際、デンマークの人々はわが家をとても愛していますから。
スウェーデンにも Musing(ミューシング)という「心地よい空気・空間・時間」という意味の言葉があります。感覚的には、ミューシングよりもヒュッゲのほうが“人との関わり”を大事にしているように感じます。飾り立てたり、気取ることなく、素のままでほっこりした時間を過ごすことがヒュッゲであり、ここに心豊かな家での過ごし方のヒントが詰まっています。
北欧では、長時間過ごす家が“心からくつろげる場所”であるために、インテリアや座りやすい椅子にこだわる人が多く、デザイン性と実用性を兼ね備えた家具が磨き上げられてきました。中でもデンマークは、照明や椅子など北欧家具のデザインを牽引する存在。デンマークと日本は、住宅の広さがよく似ているため、他の欧米の家具と比べて合わせやすいサイズです。モダンで素朴、ナチュラルな雰囲気も日本の住宅にマッチしやすいですね。
もうひとつ日本人にも馴染みやすい点があります。デンマークの人々は、「物を大切にする。いい物は長持ちする」と考え、自分にとって居心地のよい家や愛着のある家具は修理して使い続けます。こうした価値観は、昔の日本でよくみられ、本当に良い物だけを選んでミニマムに暮らしたいと考える今の若い世代の人たちも共感できるのではないでしょうか。
良い物を長く使うというデンマークの国民性は、家具にも反映されています。シンプルで機能的、長持ちする家具が選ばれるため、デンマークの照明や椅子などは、基本的に素材はとても良くて、すごくシンプル。他のヨーロッパ諸国で見られる重厚な家具とは違って、軽やかで機能性に優れ、あまり飾り気がないというのが特徴になります。
デンマーク流の家具の基本は「シンプルで機能的、長持ちする家具」ですが、遊び心がほしいときにはIKEAやフライングタイガーで手軽に買える商品をアクセントに使っています。一生ものの家具と旬で一時的なアイテムをうまく使い分けています。もちろん家具にもトレンドもあって、デンマークをはじめ、スウェーデンやフィンランドでもよく見られるのが、ビンテージの家具などを現代風にアレンジして蘇らせる動きです。たとえ昔の物でも、本当に良い物や素敵な物は継承していく文化があると思います。
デンマークの家具は、長年にわたって愛されるのも特長です。デザイン性と実用性が緻密に考えられ、シンプルでモダンなデザインは、時代が変わっても古さを感じさせない。そのため、デンマークではビンテージ家具も人気があります。
ヨーロッパでは昔から「自分よりも年上の物をそばに持つのがいい」といわれています。素材が革であれば、時間の経過とともにやわらかくなったり、木であれば人の手の脂が染み込んで味わいが増すこともありますが、ビンテージ家具の良さはこれだけでありません。自分の視界に入る物や触れる物の中に、古いからこそ感じられる良さや温かさがあるのは素敵なこと。古い家具を見て昔の暮らしに思いを馳せるなど、そばにあるだけで生活を豊かにしてくれる存在といえます。
北欧では、性別や年齢にかかわらず自分のためだけの「マイチェア」を持っている人が多くいます。デンマークの人々も、自分が心地よく過ごすために、マイチェアへのこだわりは強いですね。私もストレスレスというノルウェーのブランドのマイチェア(写真)を使っています。みなさんにもぜひ、マイチェアを取り入れてほしいですね。
本当にいい椅子は、それなりの価格ですが、高ければよいとも限りません。とにかく座り心地を試してから選んでください。リクライニングの角度やお尻のフィット感、背中のサポート感などを確認しましょう。日本でも大手の家具量販メーカーでいい椅子が作られていますし、最初は入門編として、質の高いキャンピングチェアを選んでもよいかもしれません。
自分にとって居心地のよいマイチェアを選んだら、リビングや寝室などに置き、自分だけの落ち着く空間をつくってみましょう。小さなテーブルとスタンドライトを用意して、仕事から帰ったら真っ先に座りたくなる場所、心からくつろげる居場所にしたいですね。
プラスαのアクセントとして、エリアラグを敷いたり、クッションを置いたり、自分のためだけの空間づくりを楽しんでみてください。ただ、あまり無理せず気負わず自然体で、自身の居場所として心からくつろげるかどうかを大事にしながら、試してみてください。
デンマーク人は、心地よいわが家にするために、照明にも強いこだわりを持っています。部屋全体を均一に照らすものではなく、ダイニングに長さが調整できるペンダントライト、オフィスや書斎はデスクライトを使い、照明は電球色が基本。ほとんどの器具に調光器が付いていて、光源はひとつの部屋にいくつかあります。リビングには、大小の異なるスタンドライトやキャンドルを置いて、天気や気分などによって照明の明るさや種類を変え、自分たちにとって居心地のよい空間をつくっています。
また、デンマークでは、ただ光を照らすのではなく、照明がもたらす温かさや陰影など、独特の雰囲気を演出するプラスαの魅力が求められます。そのため、ルイスポールセンのPH5など、デンマークの照明器具は世界でも高く評価されています。
ほっこりくつろげる空間をつくるために照明を考えるなら、照明器具の形よりも調光機能があるかが大事。天気やシーン、気分に合わせて調整できるといいですね。光源の色も、電球色がおすすめです。家の中で白く均一的な明るさの照明を使っている住宅は欧米では見かけません。電球色は、温かみがあって落ち着きますし、デスクライトで使っても仕事や作業に集中できます。
照明器具も高価なものだけがよいわけではありません。たとえば、写真のようなシェードが紙でつくられた、素敵な物もあります。価格も3万円以内とお手頃。モダンな北欧の雰囲気があり、日本の住宅にもよく合います。照明も1つだけでなく、リーディングライト(読書灯)やキャンドルなど、複数の光源を使いこなして、その時々で心地よい明るさを演出してみてはいかがでしょうか。
照明にこだわるデンマーク人は、キャンドルをこよなく愛しています。暖かな自然の炎や独特のゆらぎ、炎がつくる陰影など、自然の明るさを使いこなすのが上手。毎日部屋中のあちこちに、灯したキャンドルを置いていますね。デンマークの人々は、キャンドルの消費量がとても多く、燃焼時間や蝋がたれないかどうか、その品質にもこだわっています。
キャンドルを使う際は、炎が美しく見える明るさに部屋の照明を調整しましょう。自然の炎は落ち着き、ゆらぎには癒やしの効果もあります。暖炉や囲炉裏のない住まいでも、自然の暖かな明かりを気軽に楽しむことがでるのがキャンドルの魅力ですね。
家具など北欧デザインの最近のトレンドは、異素材を組み合わせて使うこと。グラスファイバーを混ぜたコンクリートと木を組み合わせたテーブルや革のソファに座面だけスエードを使ったり、ガラスとメタルを組み合わせた花器など、若い世代のアーティストにこうした傾向を強く感じます。写真の花を生けた花器は、スウェーデンのブランド「Born in Sweden(ボーン・イン・スウェーデン)」がつくる「スフィアベース」というプロダクトです。吹きガラスの花器に、ステンレス製の球体を組み合わせ、花を生けなくともオブジェのように飾ることができます。中のステンレス製の球体は剣山のような役割を果たし、数本の花でも生けやすく、スタイリッシュな印象を与えてくれます。
アルトスターショップ
ビューエルさんが営むインテリアショップ。2020年4月に現在地に移転オープンしました。店内にはデンマークや北欧だけにとどまらず、日本国内の職人が作ったアイテムなど、ヒュッゲをコンセプトにしたインテリアや雑貨が並んでいます。ワインの揺りかごといわれる希少なジョージアワインも充実。
後編では自分時間の楽しみ方などヒュッゲなライフスタイルを中心にご紹介しています。デンマークの人々のシンプルでミニマム、そして美意識のある暮らしとは。家事をできるだけストレスフリーにするヒントやデンマーク流のヒュッゲなおもてなしなどを教えていただきました。