Masterpiece Chairs

名作といわれる椅子の魅力とは?
奥深き椅子の世界へ

インテリアの重要な要素であり、もっとも体にふれる「椅子」。自分にとって「これ!」と思える椅子に出逢えるとうれしいものです。
世の中には名作と呼ばれる椅子がありますが、いったいどんな点が人々を惹きつけるのでしょうか。
椅子のコレクションで知られる富山県美術館を訪ね、常設展示の名作椅子をご紹介しながら名作たる所以を探ります。


椅子を通じて
20世紀のデザインを見渡す

2017年に前身の富山県立近代美術館から名称を変えて、富山駅北側の富岩運河環水公園に移転した富山県美術館。収蔵されているピカソ、シャガール、ミロ、アンディ・ウォーホルの作品など、20世紀美術コレクションは国内屈指です。 20世紀のデザインの流れをとらえることを目的に、平面はポスター、立体は椅子と、2つの軸のコレクションを持ち、その充実ぶりも知られています。

※建物外観一部は、特別展開催時のものです。

約170種類の椅子コレクション
その一部を常設展示

富山県立近代美術館時代から収集された椅子は約170種類。おおよそ年4回にわたって展示替えが行われるコレクション展示として、その一部を見ることができ、時代を超えて愛されるデザインの数々は見応えがあります。

収集の対象は、量産品としてデザインされ、発表当時のオリジナルではなく、収集時に生産されているモデル。発表当時から基本的なデザインが変わらず、ずっと製造が続けられている椅子が集められています。

椅子のコレクションは、1人掛けが基本。座ることを目的に、1人の人間のサイズに最も近い基本形だと考えられるから。同じ1人掛けの椅子でも、その時代の社会の状況、新しく生まれた素材や技術が映し出されるなど、デザインの多様さに驚きます。


富山県美術館
椅子コレクション

パイミオ・サナトリウムのためのアームチェア
アルヴァ・アアルト[フィンランド 1929年デザイン]

20世紀を代表する建築家 アルヴァ・アアルトが療養所の設計を手掛けた際に、建築の中の要素の一つとしてデザイン。背もたれと一体となった白い座面部分は、フィンランド産の白樺の合板を曲げてつくられ、優しく緩やかなカーブが印象的です。美しい造形だけでなく、呼吸器系の疾患を持っている人が座ったときに、楽に呼吸ができる角度・体勢を考えた上で設計され、合板をカールさせた座面は弾力性があり、座り心地も配慮されています。背もたれにある4本の切り抜かれたラインは、装飾としてだけでなく、切り込みを入れることで曲げられた合板の負荷を抑える効果もあるとか。

<籐丸椅子>または<バスケット・チェア>
剣持 勇[日本 1961年デザイン]

剣持 勇は、戦後日本のデザインを牽引した建築家・デザイナーの1人。こちらの椅子は、ホテルのラウンジの設計を受け、その什器としてデザインされたといわれています。すべて籐編みの職人の手によって編まれているのが特徴。高度経済成長期に海外のさまざまなデザインが入ってくるなかで、日本ならではの良いデザインや美しさを問い、手工芸に着目。他の素材では表現できない、とても繊細で有機的な形でありながら、シンプルにまとめられたモダンなデザインが秀逸です。

<バレット・チェア>または<バチェラーズ・チェア>
ハンス・J・ウェグナー[デンマーク 1953年デザイン]

北欧デザインの巨匠で、著名な家具デザイナーのハンス・J・ウェグナー。その代表作に有名な「Yチェア」があります。こちらの「バチェラーズ・チェア」は、バチェラーズ(独身者)のためにつくられた椅子。背もたれがハンガーの形になっており、帰宅時にその日に着ていた上着を椅子の背もたれに“美しく”かけることができます。さらに、座面を起こすこともでき、こちらにはズボンをかけることも可能です。美しい椅子であると同時に、1人分の身支度も整えられて合理的。優れたデザインで定評のあるデンマークならではの作品です。

ワシリー・チェア
マルセル・ブロイヤー[ハンガリー 1926-28年デザイン]

ハンガリーで生まれたマルセル・ブロイヤーは、ドイツの著名な芸術学校「バウハウス」で教鞭をとった建築家・デザイナーです。バウハウス敷地内で自転車に乗っていたときにハンドルを見て、金属のパイプを曲げる技術を椅子にも応用できないかと着想し、誕生したのがこのワシリー・チェア。金属を曲げる技術が出始めの頃で、建築においても鉄筋コンクリートや鉄骨、ガラスを使ったものが生まれ、これらに呼応するように金属の椅子が求められていくようになりました。スチールパイプを使用した世界最初期の椅子といわれながら、そのモダンなデザインは現在も愛され続けています。

シング・シング・シング
倉俣 史朗[日本 1985年デザイン]

世界でも高い評価を得たインテリアデザイナー倉俣 史朗の作品。座面に「エキスパンドメタル」という網状の建築部材を用いているのが大きな特徴です。光を放ちながら、できる限り形を消したい。そんな模索のなかで出会ったのがこの部材だったとか。建設現場の足場などで使われ、本来は表にでることのない部材からエレガントな椅子に仕立てられています。スウィング・ジャズの名曲と同じ名前を持ち、デザインが完成してからその名を付けたそうですが、きらびやかで軽やな雰囲気が、シング・シング・シングという言葉がリフレインされた印象とうまく呼応しているようです。


倉俣史朗のデザイン ―記憶のなかの小宇宙

2024年2月17日(土)〜4月7日(日)に富山県美術館で倉俣史朗の特別展を開催。人々を惹きつける独自のデザインとその背景を探る試みをぜひ。


奥深き椅子の世界

名作椅子を通じて見えるものとは?

自宅で長時間座っても負担にならない、パブリックスペースで短時間しか座らないがどこか安心感がある、椅子を通じてメッセージを送る…。一言で椅子といってもさまざまな目的や意図を持ってつくられ、目的が異なれば、デザインが異なるのも当然。椅子コレクションを通じて、その多様さが実感できます。

その中にも共通する普遍的な魅力とはなにか。学芸員の稲塚さんはこう語ります。「決して座りやすいわけではないけど、造形的な魅力を含めて長く愛され、つくり続けられる椅子もあります。デザインのアイコンとして残っているものは、座っていないときに視覚を通して安らぎや刺激を与えてくれたり、形を眺めるだけでもワクワクする。そんな造形としての魅力が大きいですね」

富山県美術館で常設展示されている椅子コレクションは、どれも美しいデザインばかり。今回ご紹介の5点の椅子だけを見ても、療養所患者のためにデザインされていたり、日本の手工芸の美しさに着目したり、独身者の合理的で美しい暮らしを考えたり、それぞれに背景があり、デザインに込められた想いがあるようです。椅子に限らず、暮らしの道具を選ぶ際に、こうした背景を知ると、より豊かな物選びができそうです。

※掲載の椅子はすべて1990年以降に製造されたものです。


椅子だけではない
富山県美術館の見どころ

建築家の内藤廣氏が建築設計し、開放感あふれる建物自体も見どころのひとつ。また、富山といえば南側に広がる立山連峰の絶景が有名ですが、館内からもこの美しい眺望が楽しめます。さらに、屋上庭園「オノマトペの屋上」では、小さなお子さんも楽しめる仕掛けが。オノマトペ(擬音語・擬態語)の言葉通り、「ぐるぐる」「ひそひそ」などと名付けられた、さまざまな遊具が設置されています。

デザイン・コレクション展示では、椅子のコレクションとあわせて、ポスターコレクションも見学でき、ポスタータッチパネルでは、所蔵するポスターを大型タッチパネルで閲覧可能。また、富山県出身の詩人・美術評論家の瀧口 修造コレクションも恒久展示として鑑賞できます。


©小川重雄

富山県美術館

富山県富山市木場町3-20
Tel 076-431-2711

美術館

[時]9:30~18:00(入館は17:30まで)

[休]水曜(祝日除く)・祝日の翌日・年末年始

[料]コレクション展 一般300円 ※企画展は展覧会によって異なる

屋上庭園 オノマトペの屋上

[時]8:00~22:00(入館は21:30まで)

[休]12/1~3/15 ※天候等により閉鎖する場合あり

[料]無料

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